2018年10月20日土曜日

501XX大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われているのか?(その2)

 前回は、「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という説について、生地の重さの観点から検証したところ、実際には、この説が疑わしいと思えるような結果が出てしまいました。
 そこで、今回は、生地の厚さから検証を行っていきたいと思います。生地のオンスは、1平方ヤード辺りの"重さ"ですので必ずしも厚さに比例するものでないことは前置きしておきます。

3 厚さの計測

生地の厚さといっても、実際にはごく薄いものですので、普通に定規で測れるものではありません。そこで、今回は「デジタルノギス」なるものを使って計測していきます。これを用いると、薄いものでも0.01mm単位まで計測することができるため、薄い生地の厚さも測ることができます。

デジタルノギス
普通のノギスと同じように先端で挟んで計測します。


 計測は、ウエストベルトの5ヶ所(左右前、左右横、真後ろ)を計測し、その平均値をとることにします。ウエストベルトの端は、生地が二つ折りになっているので、実際の生地の厚さは計測値の半分ということになります。なお、ウエストベルトの上端にはステッチがかけられていますが、厚さを測る際には、ステッチ分の厚さまで余分に計測されてしまうのでステッチを避けて縫い穴の上を計測するようにしました。逆に、生地が荒れている部分は、生地が本来の厚さから相当程度摩耗して薄くなってしまっているため計測箇所から外すようにしました。
 また、力の入れ具合で計測値がかなり変わってしまうため、一番低い(=薄い)数字が出るまでできるだけ力を入れて計測することにしました。計測値は、指で生地をギュッとつまんだ状態の値と考えていただければよいかと思います。
 その他、ノギスと生地との角度によってかなり計測値が変わるため、ノギスと生地が垂直に交わるよう心がけて計測しました。
 計測に用いたのは、重さの計測のときと同じく(1)1922年モデル(後期型)(2)1937年モデル(3)大戦モデル(1本目)(4) 大戦モデル(2本目)(5)片面ダブモデル(初期型)(6)片面タブモデル(後期型)(7)ギャラ無紙パッチモデルの7本のボトムズに加え、(8)506XX(1937年1stモデル)(9)506XX(大戦期1stモデル)(10)506XX(1947年1stモデル)(11)507XX(2ndモデル)の4着のジャケットも加えています。ジャケットもウエストベルト部分をジーンズと同様に計測しました。
 全部で11着のボトムズ、ジャケットを計測した結果は、以下のとおりです(単位はmm)。なお、前述のように二つ折りの部分を計測したため、実際の生地の厚さは理論上はこの半分ということになります。

モデル厚さ
(平均値)
左前左横真後ろ右横右前
(1)503BXX 1922年モデル後期型1.0060.9811.070.981
(2)503BXX 1937年モデル1.0721.121.051.081.071.04
(3)S501XX(S503BXX?) 大戦モデル(その1)1.0761.120.991.111.11.06
(4)S501XX(S503BXX?) 大戦モデル(その2)1.0941.121.031.111.081.13
(5)503BXX 片面タブモデル(初期型)1.0841.091.091.081.061.1
(6)503BXX 片面タブモデル(後期型)1.111.121.071.131.131.1
(7)504ZXX(ギャラ無紙パッチ)1.091.091.081.091.111.08







(8)506XX(1937年モデル)1.0841.071.031.11.081.14
(9)S506XX(大戦モデル)1.0521.061.031.041.071.06
(10)506XX(1947年モデル)1.0981.111.121.091.071.1
(11)507XX1.1321.081.161.121.141.16

-->  結果としては、(3)の大戦モデルが1.076mm、(4)の大戦モデルが1.094mm、(9)の大戦モデルが1.052mmですが、その前後の時代のものでも、1.006~1.132mmの範囲内に収まっています。「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という説では、大戦モデルには12オンスの生地(大戦期以外は10オンス)が用いられているとされることが多いので、この場合、生地の厚さも20%前後の差が出てもおかしくないと思いますが、実際には、(4)の大戦期とその前の(2)1937年モデルでも2%程度の差しか出ていませんし、ジャケットに至っては大戦期の生地が最も薄いという結果が出ています。生地の摩耗の度合はそれぞれ異なり、また、そもそも100分の1ミリ単位での計測ですので、計測誤差は相当に出ることは前提とする必要がありますが、「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という説を立証するような結果は、厚さを測っても出てきませんでした。上記の結果を見るに、計測誤差、元々の生地の厚さの微妙な個体差、生地の状態の差といった差が数字に出てきただけのようにも思われます。

4 まとめ

2回にわたって大戦モデルの生地を重さ・厚さという観点から検証して見ましたが、「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という結論からは遠い結果が出てしまったように思います。ただし、この検証も私の手持ちのジーンズ2本とジャケット1着で行っただけのものであることは留意していただきたいと思います。
 個人的には、この説に疑念を抱いていたので、ひと通り検証をしてみてスッキリした気分です。そもそもヘビーオンスであれば良いというものではないですし、大戦モデルの魅力は黒みがかかった色味や、味のある(=雑な)縫製、無骨なディテールなどにあると思いますので、この結果にガッカリすることなく、これからも大事に穿いていきたいと思います。

2018年10月13日土曜日

501XX大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われているのか?(その1)

 ヴィンテージの501XXの中でも、第2次世界大戦中に生産された「大戦モデル」は、大変人気が高いものになっています。
 第2次世界大戦中、ジーンズに使われる部材も物資節約のため削減が求められ、リーバイスは、コインポケットのリベットやクロッチリベット(股リベット)の省略、シンチバックの廃止などに応じました。しかし、その一方で、これらの物資の削減と引換えに製品の丈夫さを担保するため、リーバイスはよりヘビーオンスの生地に変更したという説が言われることがあります。
 私もこの説は以前から知っていたので、初めて大戦モデルを手にしたときは、なんとなく厚手の生地が用いられているような感覚を持っていたのですが、時が経つにつれ「あまり変わらないな」という印象が強くなってきました。
 そんなところに、2018年3月に発行された青田充弘氏の「501XXは誰が作ったのか? 語られなかったリーバイス・ヒストリー」(立東舎)でも同様の疑念が呈されているのを見ました。これを読んで「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という説に対する私の中の疑問は深まっていました。

 そこで、今回は、2回に分けて、「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という説について、生地の(1)重さと(2)厚さの点から、実際に検証をしていきたいと思います。

 大戦モデルの前後では、リーバイスは501XXに10オンス(縮率10%として縮み後で約11.2オンス)の生地を用いており、このことは、当時のギャランティーチケットや販促用のカタログの記述から疑いのないものになっています。他方で、「大戦モデルにはヘビーオンスの生地が使われている」という説では、大戦モデルでは12オンス(縮率10%として縮み後で13.5オンス)の生地が使われていたといわれることが多いようです。これが本当だとすれば、ジーンズも約20%重く、そして厚いという有意な差が出てくることになるはずです。
 私の持っているジーンズのサイズに差がありますので正確な比較ができるわけではありませんが、生地の重さで20%の違いがあるとすれば、サイズの違いがあったとしても、相当な重量差が出てくるはずです。

 1 検証するジーンズのサイズと状態

今回検証対象にするのは、501XX、503BXX、504ZXXの(1)1922年モデル(後期型)(2)1937年モデル(3)大戦モデル(1本目)(4) 大戦モデル(2本目)(5)片面ダブモデル(初期型)(6)片面タブモデル(後期型)(7)ギャラ無紙パッチモデルの7本になります。大戦モデルはデッドストックの物を持っていないため、比較対象はすべてユースドのものにしています。デッドストックにすれば、計測対象となるジーンズの状態がすべて同じという点は良いのですが、糊の量によって重さ・厚さに誤差がでるという欠点もあるので、計測対象をデッドストックにするかユースドにするかは一長一短かと思います。

 検証するジーンズのサイズを表にまとめると次のとおりになります。
モデルウエストレングス
(1)503BXX 1922年モデル後期型71cm73cm
(2)503BXX 1937年モデル68cm70cm
(3)501XX(503BXX?) 大戦モデル(その1)68cm69cm
(4)501XX(503BXX?) 大戦モデル(その2)73cm84.5cm
(5)503BXX 片面タブモデル(初期型)69cm80cm
(6)503BXX 片面タブモデル(後期型)66cm78cm
(7)504ZXX(ギャラ無紙パッチ)68cm71cm

 また、状態ですが、(6)片面タブは色が強く残っている(=生地の摩耗がまだ少ない)一方で、(2)1937年モデルは状態が悪く10%程度の色残りです。他は約30~60%程度の色残りと言えるかと思います。色残り(=生地の摩耗の度合い)も重さや厚さには影響することは付言しておきます。

2 重さの計測

(1)大戦モデルの測定

大戦モデルとそれ以外を比較する前に、(3)と(4)の大戦モデルの重量を測っておきたいと思います。

(3)大戦モデル(その1)


(4)大戦モデル(その2)

  (3)と(4)ではウエストで5cm(約7%)、レングスで11.5cm(約22%)の差がありますので、重量にも相当の差が出ると思われるところ、(3)は603g、(4)は675g、約12%の差となりました。脚よりも胴の部分の方がより生地を多く使っていることからすれば、レングスで約22%の差が重量だと約12%になっているということからして、(3)と(4)の2本の大戦モデルの間では、生地の重さには差はないと考えられます。

(2)戦前のモデルの測定

(1)1922年モデル(後期型)、(2)1937年モデルは、いずれも小さめのサイズなので、(3)の大戦モデルと比較してみることにします。

 (1)1922年モデル(後期型)と(3)大戦モデルのサイズの差は、ウエストで約4%、レングスで約5.5%で、(1)の方が若干大きくなります。(3)の大戦モデルの方が生地の重さ(オンス)が20%重いとすれば、理論的にはサイズの差を考慮しても20%近く重くなるはずです。
(1)1922年モデル
そこで、(1)を測ってみると618gと、(3)の大戦モデル(603g)とほぼ同じ(むしろ1922年モデルが2%重い)という結果が出てしまいました。サイズの差のほかバックルの有無という細かい要素を考慮したとしても、重さの点で両者の生地の間にはほとんど差がないと考えたほうが自然ではないかと思います。

 次の(2)の1937年モデルですが、(3)の大戦モデルと比べるとウエスト・レングスともサイズはほぼ同じと言っていいと思います。
 
(2)1937年モデル
  そこで(2)を測ったところ、重さは656gとなってしまい、(3)の大戦モデル(603g)よりも約9%重いという結果が出てしまいました。(2)はバックシンチが残っているほかリペアが施されている箇所が多くリペアの部材が影響していたかもしれませんが、少なくとも大戦モデルの方が高オンス(=より重い)生地が使われているという説からはかなり遠い結果になってしまったように思います。

(3)戦後のモデルの測定

次に、戦後のモデルを測定して、大戦モデルと比較したいと思います。

 (5)は戦後の比較的早い時期のものと思われる片面タブモデルで、レングスなどが長めであることから、(4)の大戦モデルと比較していきます。
 (5)と(4)のサイズの差はウエスト・レングスいずれも約5.5%程度(4)の大戦モデルの方が大きくなります。生地で20%の重さがあるとすれば20%以上の重さの差が出てくることになります。
(5)片面タブモデル(初期型)
  測定結果は640gで、(4)の大戦モデル(675g)と比べる約5.5%の差となり、ほぼサイズ差に一致する結果となりました。やはり、生地の重さに大きな違いがあるとは到底考えにくい結果です。

 (6)は、1950年台に入ってからと思われる片面タブモデルで、(4)の大戦モデルと比べると、ウエストで約10.5%、レングスで約8.5%の差があり、重さでは20%強の差が出ても良いはずです。
(6)片面タブモデル(後期型)
  重さは629gで、(4)の大戦モデルとの差は約7.5%と、やはりサイズの差程度の重量差しかありませんでした。片面タブの後期型と比べても、大戦モデルの生地が重いという結果は見えてきません。

 しつこいようですが、念のため1960年代に入ってからのギャラ無し紙バッチのものとも比べています。
(7)ギャラ無し紙パッチ
  サイズが(3)の大戦モデルとほぼ同じなので(3)と比べてみると、(7)は613g、(3)は603gと1%強の重量差しか出てきませんでした。

 次の表は、以上の測定結果をまとめたものです。


モデル重さウエストレングス
(1)503BXX 1922年モデル後期型618g71cm73cm
(2)503BXX 1937年モデル656g68cm70cm
(3)501XX(503BXX?) 大戦モデル(その1)603g68cm69cm
(4)501XX(503BXX?) 大戦モデル(その2)675g73cm84.5cm
(5)503BXX 片面タブモデル(初期型)640g69cm80cm
(6)503BXX 片面タブモデル(後期型)629g66cm78cm
(7)504ZXX(ギャラ無紙パッチ)613g68cm71cm

  デニムにおけるオンスすなわち1ヤード辺りの重さ(オンス)ということで重さを測ってみたのですが、ジーンズの状態の違いなどを考慮したとしても、「大戦モデルは他の時代のものに比べてヘビーオンスの生地が使われている」という説からはかなり遠い結果が出てしまったように思います(正直に言ってここまではっきりとした結果が出るとは意外でした。)。

 ただ、重さは同じでも厚さの感じ方は、結構異なってくるものです。次回は、大戦モデルと他の時代で生地の厚さに違いがあるのか、見ていきたいと思います。

2018年9月29日土曜日

リーバイス ーアーキュエイトステッチの変遷ー(その2)

 前回は、BIG E期までのアーキュエイトステッチの変遷を見ていきました。戦前の一本針のミシンで縫われたものと戦後に入り2本針のミシンで縫われたものとで異なるのはもちろん、2本針のミシンで縫われたものでも意外と変化が大きいことが分かりました。

 今回は、前回の続きとして66モデル以降の変遷を見ていきたいと思います。

7 1970年代半ば(66 前期モデル)

  1976年4月製の66前期モデルのバックポケットです。BIG Eでは、個体差があるものの、左右の弧が非対称であることが特徴だったのですが、66前期モデルでは左右の弧の幅や角度は対称に近くになっています。弧の深さはBIG Eに比べれば若干浅いという程度です。
 アーキュエイトステッチの色はオレンジ。ステッチのピッチ幅は2mm程度です。

8 1970年代終わり(66 後期モデル)

次は、66後期モデルで1978年2月製のもののバックポケットです。前の66前期モデルとは製造年で2年しか違いませんが、アーキュエイトステッチはずいぶんと角度が浅いものになっています。また、66前期と比べると若干ですが左右の弧のバラつきが目立っています。
 BIG Eや66前期と同じく、アーキュエイトステッチの色はオレンジで、ステッチのピッチ幅は2mm程度です。

9 1980年代はじめ (赤耳モデル)

赤耳モデル(1981年4月製)のバックポケットです。66後期モデルよりもアーキュエイトステッチは深くなり、66前期モデルのもののように戻っています。左右の弧のバランスは若干いびつになっています。
 ただ、個体差や縫製工場の違いの問題なのか、浅いアーキュエイトステッチのものも多く見るように思います。私が持っているもう一本の赤耳では、前の66後期モデルのような浅いアーキュエイトステッチになっています。写真のようなやや深めのアーキュエイトステッチは赤耳モデル固有のものとは考えにくいでしょう。
 アーキュエイトステッチの色はオレンジで、ステッチのピッチ幅は2mm程度という点は変わりません。

10 1980年代半ば (ハチマルモデル)


  写真は、1984年3月製の501のバックポケットです。アーキュエイトステッチは深めで前の赤耳モデルのものと似ているように見えますが、左右の弧のばらつきが更に大きくなっています。
 赤耳モデルと同じように個体差ないし縫製工場の差のせいか、ハチマルモデルでも浅いアーキュエイトステッチのものは多く見られ、1982年2月製のもの1982年11月製のものでは写真のものとはかなり印象が異なるものになります。
 アーキュエイトステッチの色やピッチ幅はこれまでと変わりません。

11 2000年代はじめ

 
2001年6月製のアメリカの自社工場製の最終期に当たるもののバックポケットです。アーキュエイトステッチの深さは、これまでと同じくやや深めですが、左右の弧の角度や幅がより均等なものになっています。
 アーキュエイトステッチはオレンジステッチ、ピッチ幅も約2mmとこれまでのものと変わりません。

12 2000年代終わり(日本企画08501)

2008年のリニューアルにより誕生した日本企画の501、08501のバックポケットです。
 ご覧のとおり、アーキュエイトステッチは、過去のヴィンテージリーバイスよりも角度があり、これまでで一番深いといえるものになっています。左右の幅は、測ったようにほぼ均等になっています。
 また、アーキュエイトステッチの色は、これまでのオレンジからイエローに変更されています。 この辺りは、ヴィンテージを意識したものと思われます。ピッチ幅は、これまでと変わりません。

13 2010年代半ば(日本企画501-1484)


2013年のリニューアルにより誕生した日本企画の501、501-1484のバックポケットです。
 2008年でかなり深くなったアーキュエイトステッチの角度は浅くなり、見慣れた感じのものに戻っています。左右の幅もきれいに均等になっています
 アーキュエイトステッチの色は、2008年モデルと同じイエロー。バックポケット以外にもトップボタン横のV字ステッチやバックポケット裏のシングルステッチなどヴィンテージを意識したディテールが取り入れられています。ピッチ幅は、これまでと変わりません。



 以上、前回から、リーバイスのアーキュエイトステッチの変遷を見ていったのですが、ヴィンテージ期にも、レギュラーや現行の時期にも、相当な変化があったことが分かります。特にヴィンテージ期のものは同じ時代でも個体差も大きいのですが、大体の傾向を知れば、ヴィンテージの製造時期の判別の一助になると思われます。また、現行のものの変遷からは、リーバイス(ジャパン)が501にどのような味付けをしていたのかを窺い知ることができるように思われます。

2018年9月22日土曜日

リーバイス ーアーキュエイトステッチの変遷ー(その1)

 リーバイスのジーンズのシンボルともいえるのがアーキュエイトステッチ。"arcuate"は、「弓形の」とか「弧状の」という意味で、ヒップポケットに2つの弧を描く形でステッチが入れられています。元々はヒップポケットの裏に補強布を縫い合わせるものだったそうなのですが、補強が行われなくなった後も、リーバイスのジーンズにアーキュエイトステッチが入れ続けられています。法的にも商標登録されており、リーバイス社のみが製造したジーンズにアーキュエイトステッチを入れることが認められます。
 このアーキュエイトステッチ、弧型のアーチの形は一様ではなく、個体差があるのはもちろんなのですが、時代ごとで大きな傾向を見ることができます。

1 1930年代半ば (1922年モデル)

  1922年モデルのバックポケットですが、ディテールからして1930年代半ば(早くても1930年台はじめ)に製造されたものではないかと推測されるものです。写真のものは、アーキュエイトステッチは摩耗してほぼ消えてしまっているのですが、その跡は確認することができます。
 当時はアーキュエイトステッチも1本針のミシンで縫われていたと言われており、2本線の間隔は均等ではありません。また、この縫い子さんのやり方なのか、上の線と下の線が一気に縫われていたようで、右端が一点になっています。上ないし下から縫って右端に行ったら布を上下逆さにして...と縫われたのでしょう。
 また、アーキュエイトの左右と真ん中の高さがほぼ一緒になっており、左はかなり下の位置から縫いが始まり、大きく上下して真ん中に、また大きく上下して右に...となっており、角度の深い弧が描かれています。左右の弧のバランスはほぼ均等といってよいかと思います。
 ステッチの色はイエローステッチ、ポケット周りもすべてイエローステッチで縫われています。

2 1930年代終わり (1937年モデル)

次は、1937年モデルのバックポケットです。状態がとても悪く、アーキュエイトステッチが消滅している上に右半分は跡も分からなくなっているのですが、一応、取り上げておきます。
 この頃も一本針のミシンで縫われていたとされており、アーキュエイトステッチの真ん中部分で縫い目がクロスしていないとされていますが、残念ながら私の手持ちのものでは分からなくなっています。
  1922年モデルではポケットの下の方から跳ね上がるように描かれていたのですが、1937年モデルでは、左はポケットの真ん中よりやや高めの位置から真ん中に落ちていくような形になっています。また、一本針のミシンで縫われていたにもかかわらず、2本線の間隔が均等に近くなっています。左右の弧のバランスもほぼ均等です。
 1922年モデルと同じく、アーキュエイトステッチも含めてポケットはすべてイエローステッチで縫われています。

3 1950年代はじめ (片面タブ)

  第2次世界大戦期間中のいわゆる大戦モデルではアーキュエイトステッチがペンキステッチ(正確にはペンキではなくスクリーンプリントだったようです)でしたので、戦後に入ってからのモデルを取り上げます。
 上の写真は、戦後に入ってから製造された片面タブ("LEVI'S"の文字が赤タブの片面にしか刺繍されていないモデル)のバックポケット。戦後に入ってからは2本針のミシンにより縫われるようになったため、2本線の間隔は完全に均等になり、アーキュエイトステッチの真ん中ではステッチがクロスするようになります。
 弧の一番高いところと一番低いところのちょうど中間ぐらいのところにステッチの始点があり、やや深めに弧が落ちています。左右の弧の大きさは、ほぼ同じぐらいになっています。
 アーキュエイトステッチはイエロー、ポケット周りはオレンジステッチで、アーキュエイトステッチのピッチ幅は、3mm程度になっています。

4 1950年代後半 (ギャラ入紙パッチ)

  次は、紙パッチに移行直後の"Every Garment Guaranteed"の文字が入ったギャラ入紙パッチ期のもののバックポケット。片面タブモデルのものと比べると、アーキュエイトステッチの弧がやや浅くなっています。これまではステッチの始点から跳ね上がるように伸びていたのですが、このモデルでは左は横に平行気味にステッチが伸び、右は真ん中からやや高めにステッチが上がっていきます。左右の弧の幅はほぼ同じですが、角度は左右で異なるものになっています。
 写真では分かりにくいのですが、片面タブと同じく、アーキュエイトステッチの色はイエロー、ポケット周りのステッチはオレンジ。ピッチ幅は3.5mm程度ですが、縮み前のものなので、実際には片面タブと同じ幅だったと考えられるのではないかと思われます。

5 1960年代はじめ (ギャラ無紙パッチ)


  紙パッチから"Every Garment Guaranteed"の文字が無くなったいわゆるギャラ無紙パッチ期のもののバックポケットで、1960年台はじめ頃(遅くとも1960年代半ば)に製造されたものと推測されます。アーキュエイトステッチの深さや左右のバランスは、ギャラ入紙パッチ期のものとほとんど同じと言えるほど似ています。また、ステッチの色使いやピッチ幅も同じです。

6 1960年代終わり (BIG E)


 品番から"XX"が取れたBIG E期のもので、その中でもトップボタンの横が平行ステッチ・ウエストベルト上がチェーンステッチの1960年代終わりごろのもののバックポケット。持っているものの中でも一番クセの強いものの写真を載せています。
 XX期はアーキュエイトステッチの深さには違いがあるものの、左右の弧は対称のものが多かったのですが、BIG E期は左右の弧の幅や大きさが大きく異なる非対称のものが多いように思われます。
 この時期のBIG Eのものは、アーキュエイトステッチの色は写真のもののようにオレンジのものがほとんどでしょう。また、アーキュエイトステッチのピッチ幅は約2mmで、XX期と比べるとかなり細かなステッチになっています。

 長くなってしまったので今回はここまでとして、66モデル以降のものは次回に取り上げていきたいと思います。

 


2018年9月15日土曜日

リーバイス ーヴィンテージから現在のものまでの色の変遷ー(その3)

 今回は前回に引き続いてオールド・レギュラーと呼ばれる赤耳モデル以降のリーバイス501の生地の色について見ていきます。
革パッチ期からの11本のリーバイス501
条件を同じにするためスキャナで撮った生地の画像

5 赤耳

左が革パッチの504ZXX、右が赤耳
本来なら66前期モデルの次は66後期モデルを取り上げたいのですが、66後期は水通しをしたと思われるものしか持っていないため飛ばして、赤耳モデルを見ていきたいと思います。
 赤耳モデルでは、xxやBIG Eで見られた色の深みも無くなっています。また、かなり色がくすんだようになり66モデルで見られた青の鮮やかさがほとんど感じられなくなります。また、全体的に毛羽立ちがやや強くなっていることにより、色が褪せた印象が更に増したように思います。
 1970年台以降、アメリカの繊維産業は当時台頭してきた日本製の繊維製品などの輸入拡大により厳しい競争を強いられるようになり、生産コスト削減や一層の効率化を求められるようになります。こうした中で、1970年台終わりから1980年台初めあたりの時期にコーンミルズ社でもデニム生地で使用する糸をリング糸からよりコストの安い空紡糸に変更しており、赤耳モデル以降、生地の毛羽立ちが特に目立つようになってきます。硫化染料の使用とともに、リング糸変更も色の変化に影響を与えたと言えるでしょう。

6 80's・90'S

左が革パッチの504ZXX、右が1980年代製
左が革パッチの504ZXX、右が1990年代製
  1980年代製・1990年代製のものを見比べると、ほとんど生地に違いがみられません。
 XXやBIG Eなどと比べるとあまり色の深みは感じられません。また、赤耳モデルと比べるとやや青っぽくなっています。また、毛羽立ちが赤耳モデルよりも更に強くなり、全体的に白い層に包まれているような印象です。
 この頃のジーンズの対を成すものとしてヴィンテージデニムブームが起きましたが、色や色落ちとして見た場合には改めて対極にあるものだと思います。その後、世の中のジーンズが多かれ少なかれヴィンテージ調のもので占められるようになってから、1980~90年代のジーンズのリバイバルが起きているのは、ファッションの面白さを顕著に表しているように思われます。

7 00501-01


左が革パッチの504ZXX、右が00501-01


 00501-01は、2003年のリーバイスのアメリカ国内工場の廃止以後に登場した日本企画のモデル。生地はXX17と呼ばれるもので、「1917年当時の糸の作り方・織り方を最新の技術で忠実に再現した」と謳われています。ヴィンテージブームが広がりを見せた結果、1990年代終わりごろから、501の生地もそれまでの空紡糸の使ったものからリング糸を使ったものに回帰しており、以後、日本企画のレギュラー501向けにコーンミルズ社からヴィンテージ調の生地がリリースされますが、XX17はその口火を切ったものです。
 生地の色ですが、XXやBIG Eなどのヴィンテージのものとは異なり、特に強い深みは感じられず、青を重ねたというよりも、黒又はグレーに見えて青みがあまり感じられません。また、生地が徹底的に毛焼きされているのかほとんど毛羽立ちが感じられず、色の面でもあっさりとした印象を受けます。ちなみに、色落ちをさせたものも見たことがあるのですが、未洗いでの印象と大きく異なり表情豊かな生地に見えました。

8 501-1995


左が革パッチの504ZXX、右が501-1995
501-1995は、コーンデニム社のホワイトオーク工場で製造された生地を用いて、アメリカ国内の委託工場で製造された"MADE IN U.S.A."を売りにしたモデルで、アメリカで発売されていたモデルです。
 00501-01ではあまり青みが感じられないと書きましたが、501-1995は、ヴィンテージ期のような深いインディゴの色になっています。上の写真にある革パッチの501の色と比べるとやや青みが強くなっています。


9 501-2546

左が革パッチの504ZXX、右が501-2546
501-2546も501-1995と同じくコーンデニム・ホワイトオーク工場製の生地を用いた"MADE IN U.S.A."のモデルです。こちらは日本でも発売され、比較的大きく展開されているように思われます。
 501-2546は、501-1995と同様にインディゴの色の深さが感じられますが、501-1995よりも更に青みが強くなっています。他のものとの比較でいえば、66前期の色に近く、それをもう少し深くしたような色味です。
 501-1995と501-2546は、未洗いの状態では、スラブ感などはさほど強くないのですが、ヴィンテージジーンズが好きな私でも穿き込んでみたいと思わせられる生地感になっています。


 以上、3回に分けて、未洗いの状態でのデニム生地の色を見比べていきましたが、ヴィンテージとよばれる時代のものには、さほど大きな差が見られなかった反面、1980年代から90年台までにかけてのものは、染料の変化や生地に用いる糸の変化により、未洗い時でも大きく色が変わっていくことを確認することができました。また、ここでとりあげた最近になってからの501は、ヴィンテージらしさを意識したような色合いに戻っているように思われます(縫製の細かな仕様もヴィンテージ時代のものに戻されたりしています)。
 未洗いの状態を見るだけで、そのデニム色や色落ちを語るのは極めて難しいことは承知で見比べてみたのですが、実際に、横に並べてみてみるとその時代のデニムの色の特徴は、未洗いの状態でも垣間見ることができたように思えます。今度は、リーやラングラーなども見ていきたいと思います。

2018年9月8日土曜日

リーバイス ーヴィンテージから現在のものまでの色の変遷ー(その2)

 前回は、革パッチ期からごく最近のものまでの11本のリーバイスの生地の色の変遷をざっくりと見ていきましたが、今回からは2回に分けて、革パッチ期のものを基準としながら11本をもう少し丁寧に見ていきたいと思います。
革パッチ期からの11本のリーバイス501
条件を同じにするためスキャナで撮った生地の画像
色落ちという点では、革パッチ期のXXからBIG E期まででは色落ちの傾向はかなり異なりますが、デッドストックの状態で見る色については、前回も書いたとおりあまり大きな違いは見られませんでした。もちろん若干の差はあるのですが、これが生地の色の全体的な傾向として言えることなのか、個体差の問題に留まるのかは分かりません。

1 革パッチ期のXXとギャラ入紙パッチ期のXX

左が革パッチの504ZXX、右がギャラ入紙パッチの504ZXX

 一般的には革パッチのものの方が古いとされているのですが、フラッシャーやギャランティーチケットはギャラ入り紙パッチに付いているものの方が古いため、実は、この2本のうちどらちが先に製造されたのか判然としないところがあります。
 この2本で比較すると、革パッチの方は黒みががっているように見えるほどインディゴの深みが強くなっていますが、これと比べてギャラ入紙パッチの方はほんの少し色の深さが弱く青みが強くなったように感じられます。また、経年変化の違いの可能性が高いですが、ギャラ入紙パッチの方はほんの少し色が褪せて色のコントラストが弱くなっているように見えます。

2 ギャラ無紙パッチ期のXX

左が革パッチの504ZXX、右がギャラ無紙パッチの503BXX

 ギャラ無紙パッチのものは、革パッチのものと比べると、やや青みが強くなるとともに、赤みが出ているのかやや紫に寄った青さになっています。また、色のコントラストが強く、深さがありながらも鮮やさを感じます。色の深さだけで見るならばギャラ入紙パッチのものよりも色が深く、革パッチのものに近いように見えます。

3 BIG E

左が革パッチの504ZXX、右がBIG E
今回比較に用いたのは、BIG Eの中でもタイプもの(パッチの"501"の上に"A","S"などのアルファベットの表記がある)と呼ばれているものです。ヴィンテージデニムの市場ではXXとBIG Eでは価値が大きく異なり、特にギャラ入りまでのXXとBIG Eを比べると実際の色落ちの傾向も異なると言われますが、デッドストックでの色味に限って言えはあまり変わらないように見えます。
 あえて言うならば、革パッチのXXの方が色が深く鮮やかで、BIG Eはやや乾いた色合いなのですが、やはり個体差の問題とも考えられる程度の違いです。もう少し違いが出るのではないかと予想していたので、正直に言って意外な結果でした。

4 66前期

左が革パッチの504ZXX、右が66前期
66前期は、これまでとりあげてきたものとガラリと印象が変わります。上の写真でもはっきりと分かりますが、これまでの深いインディゴではなく、鮮やかな青という印象です。なお、ここで紹介する66前期は、1976年4月製のものです。
 硫化染料による下染めが導入された明確な時期について明確には分かりませんが、リーバイスの復刻版(LEVI'S VINTAGE CLOTHING(LVC))の501の1976年モデル、1978年モデル(本稿執筆時点で既に廃番)に付いている製品紹介の手紙風パンフレットにはいずれも"
The fabric was a bright shade of sulfur-dyed indigo"と記載されており、公式には、少なくとも1976年時点で硫化染料で下染めしたデニムが用いられていたという立場をとっているようです(※)。
※ 他方で、2013年春夏に発行されたINVESTORY誌4巻8号掲載のコーンミルズ社の特集記事"CONE MILLS: THE HOME OF AMERICAN DENIM"では、"a 1978 denim -- complete with a sulphur bottom for quicker fading"という記述があります。
 一般に硫化染料を用いたサルファー染は褪せた色合いが特徴なのでここまで鮮やかな青になるのかは分からないのですが、硫化染料による下染が1976年に既に取り入れられており、これにより生地の色の変化がもたらされた可能性もあるのかと思います。


 少し長くなってしまったので今回はここまでとし、次回は赤耳モデル以降の生地を見ていきたいと思います。